「さよなら、野口健」 小林 元喜

もうあと2か月ほどで今年も終わりますが、ここまでで今年のベストと言っていいでしょう。

 

読書感想です。

 

テレビでもお馴染みのアルピニスト野口健の、元側近による評伝です。

 

あらすじにはこうあります。

アルピニスト野口健は怪物か、それとも善意の活動家か。知られざる実像に迫るノンフィクション。10年にわたり野口のマネージャーを勤め、辞めた後は精神科病院に入院までした著者。野口の半生で語られてこなかった橋本龍太郎石原慎太郎小池百合子ら政治家との関係を描き、エベレスト清掃活動の意外な動機を解き明かす。

 

また、著者の紹介にはこうあります。

卒業後は東京都知事(当時)の石原慎太郎公式サイトの制作・運営、登山家の野口健のマネージャー等を務める。現在に至るまで野口健のマネージャーを計10年務めるが、その間、野口健事務所への入社と退職を3度繰り返す中で、様々な職を転々とする。

 

これらの触れ込みを見て、よくある類のパワハラを告発する暴露本かと思ったのは私だけではないはずです。

 

結論としては、野口健パワハラ行為を暴露はしていますが、暴露本ではありません。

 

 

また、読後この二人の関係を「共依存」と形容する人も多いでしょう。

著者本人もそう言っています。

 

ですが私の感想は違います。

 

依存していたのは筆者だけです。

 

謂わば、「片思い」という言葉の方が私にはしっくりきます。

 

 

 

著者は野口健に恋をしています。

 

 

 

そして、野口にとっては著者は、たくさんいるスタッフのうちの一人に過ぎません。

著者は認めてはいませんが、著者の丹念な描写が、皮肉にもそのことを浮彫りにしました。

 

著者は、野口がいかに危険なほどに魅力的かを徹頭徹尾描きます。

極論すると、この本はそれだけです。

しかし、惜しむらくはその魅力は私には伝わってきませんでした。

つまり私は野口に恋をしませんでした。

 

また、本書において前半は野口の半生が描かれますが、正直言ってかったるいし、半分くらいに集約できそうです。

 

作中でおもしろかったのは、著者が村上龍石原慎太郎と仕事をする場面です。

おそらく、著者は野口を媒介としなくても十分起伏に富んだ人生を送ったであろうし、その人生の描写の方も読んでみたいと思いました。

 

 

ただ、気になることがあります。

作中で野口も指摘しますが、著者は作家を夢見ている割には、いっこうに執筆に専心している様子がうかがえないことです。

 

作家になりたいのであれば、まずペンを握らなければならななりません。

それなのに、途中では司法試験の勉強に専念する場面もあります。

 

あまつさえ、「結婚して子供もいるのにいい歳して小説なんか書いてるはずないだろ」、というようなセリフすら出てきます。

 

ここが納得できない。

このセリフは、本当に小説を書きたい人間の口からは出てきません。「結婚して子供もいるのに小説なんか書いちゃってる」と言わなければなりません。

好きなことに終わりはないし、就職したらバンドは解散、というのはおかしいのです。

 

あえて言います。結婚して子供ができて小説が書けなくなるなら結婚しなければいい。

激務で執筆時間が取れないなら、近所のコンビニでアルバイトをして、十分な時間を確保し、つつましい生活をしながら執筆すればいい。

 

私は友人のWにそのことを教わりました。

 

 

今回著者は念願かなって自著をメジャーレーベルから出版しました。

しかし、著者は「唯一にして最大のネタ」を使ってしまいました。

 

次はあるのか。

 

あるのならぜひ読んでみたい。

 

ここまで書いてきたように、著者の作家になりたいという気持ちはおそらく、本物ではありません。

 

そんな著者が本気になって、渾身の力を込めた、敬愛する政治家やアルピニストの話ではなく、著者自身の話を聞かせてほしい、そう思いました。