「リバー」 奥田 英朗

久しぶりの読書感想となります。

 

ネタバレがあります。

 

この奥田英朗という作家、どうも評価に困る作家です。

 

守備範囲の狭い私ですが、作家は「まあまあ好きな方」に分類しています・・・、いました。

 

作家のもっとも有名であろう、空中ブランコシリーズは文句なくおもしろいですが、その他はそうでもないことに鑑みると、思い切って言うと空中ブランコシリーズ「だけ」、私は好きなのかもしれません。

 

本題に移ります。

 

本作も、あまり・・・、という感じです。

 

ミステリの鉄則として、いかにも怪しい人物が真犯人である可能性は低いし、それに反するパターンは難易度が高いのですが、本作はそのいかにも怪しい仮谷が真犯人でした。

しかも仮谷は早々に警察にマークされ、作中中盤で、微罪による別件で早くも逮捕されます。

そして警察による苛烈な取り調べを受けるのですが、黙秘したまま勾留期間が過ぎ釈放されます。

 

私は読んでいて、この黙秘は単なる根性がなせる業ではない、自分がやっていないのはもちろんのこと、まだ明かされぬ秘めた復讐劇を成し遂げるための忍耐力によるものだ、と思い読み進めました。

 

ですが、読み進めると、警察の取り調べをやり過ごせたのには特に理由はなく、実際は単なる根性によるものであることがわかりました。

 

これはいただけない。これでは単なる筋トレの描写に過ぎない。

 

イチロー選手や大谷翔平選手が一流野球選手になり得た過程において、筋トレは一要素に過ぎません。筋トレ「以外にも」、メンタルトレーニング、対戦相手の研究、そして何より野球の練習を行ったのです。それらあらゆる研鑽を積んだ結果、素晴らしい野球選手になったのです。

なんの裏付けもない根性により釈放されたというのは何も描いていないのに等しい。

 

 

結局仮谷を殺人に駆り立てたものは何だったのか、だらしない母親を憎む代償行為なのか。

もしそうだとしたら、その説は中盤で早くも立てられています。

中盤で立てられた説が真実だとしたらそれを軸に作品を構成するのは至難の業です。

結末を迎えても驚きも共感も何もありません。

 

また、本作は刈谷以外に池田、平塚という二人の参考人も軸となっており、刈谷も含めた三人のいずれか、あるいはさらなる第三者が犯人であるという犯人探しの構図にもなっています。

しかしながら、真犯人(と思われる)刈谷以外の二人の描写が途中からトーンダウンしていき、大風呂敷を広げただけで伏線を回収できなかった感が否めません。

 

そして本作の最大の欠点は、結局一件の殺人事件の犯人を、加えて刈谷を殺人に駆り立てた動機をきちんと描かなかったことです。

いえ、あるいは「描けなかった」のかもしれません。本作はかなりの長編ですが、その長さに比して描くべきものが描かれていないのです。かと言ってその真実を読者に考えさせるような余白もない。

 

また、最終盤では、実は刈谷と平塚がつながっていたことが明かされますが、そのつながりも偶然によるもので飛躍し過ぎの感があります。

 

さらには、多重人格を利用したトリックも、ぽっとでの犯罪心理学者がなんの苦労もなく見破ります。

私はこの「ミステリにおける多重人格」というトリックにアレルギーがあります。ミステリにおける多重人格は言わば「秘密の抜け穴」であり、何でも可能になってしまい読者に対して著しくアンフェアなのです。

その秘密の抜け穴をなんの苦労もなく見抜くという描写は、超能力を超能力で倒したに過ぎず、何のおもしろみもありません。

 

私のこれまでの読書経験上、多重人格を扱って成功したミステリは多島斗志之の「症例A」だけです。同作についてはいずれ別の記事で扱ってみたいと思います。

 

他にも、滝本の暴走の描写の必然性など、欠点を挙げれば枚挙に暇がありません。

 

結論としては、勢い込んで大作をつくろうとしたはいいが、それに比して力量、そして描き切るだけの根気が足りなかった凡作、と言っていいでしょう。

 

本作の読後、私の「まあまあ好きな作家」というフォルダから作家の名前は消えました。

 

おそらく私は今後、作家の新作を読むことはないでしょう、空中ブランコシリーズ以外は。