「黒石 新宿鮫Ⅻ」 大沢 在昌

映画化、ドラマ化された人気シリーズの最新作です。

 

ネタバレがあります。

 

以前、他の本について感想を書いたときに私は、本シリーズを高く評価する旨を書きました。

 

 

シリーズ開始当初は、主人公の鮫島の描写がどうも中途半端な印象を受けました。起きる事件も、だから?と思ってしまうような内容ばかり。

おそらく作家がおしゃれに描きたかったであろう、鮫島とその恋人の晶(しょう)との会話も上滑りで、作品の流れを止めるのみ。そもそも晶の言葉遣いが悪すぎて、会話が不愉快なんです。

 

そんな同シリーズですが、回を重ねるごとに作家の成長とともに鮫島も成長していき、作品も成熟していった、というのが評価の内容です。

 

本作はシリーズ第12作ですが、晶は第10作でフェイドアウトしました。推測になりますが、作家は晶をうまく描く自信がなかったのではないかと私はふんでいます。

もしうまく描けていたと思っていたとしたら、残念ながらその魅力は私には伝わりませんでした。

代わりに大きく魅力を放ったのが鮫島の上司である課長の桃井です。

グータラなように見えてやるときはやるという、ハードボイルドを地で行くようなキャラクターで、鮫島も慕っていたし、何より作家が信頼しているのがよくわかりました。

ですが、その桃井も晶同様第10作で降板。こちらは殉職でしたので万にひとつも再登場する可能性はありません。

 

前置きが長くなりましたが、その晶も桃井も消えた新体制第二弾とも言える本作、つまらなかったですね。

近年の本シリーズの充実ぶりもどこへやら、読むのが苦痛でした。

作品は、ありがちですが、鮫島目線と犯人目線が交互に繰り返されて進行します。が、その犯人目線のパートが子供だましレベルです。犯人は自らを「ヒーロー」、そして殺戮の対象を「毒虫」と呼び、来るべき襲撃に備えるのですが、その「ヒーロー」、「毒虫」という言葉のセンス・・・。40年遅れくらいではないでしょうか。そこに目をつぶったとしても起きる事件が凡庸だし、ラスボスたる徐福の狙いもはっきりせず中途半端。

「ヒーロー」君の襲撃にしても、とても用心深いと自認するわりには普通に監視カメラに引っかかるんじゃないの、とこちらが心配になるほどごく普通。金石、八石という悪の集団を描いたまではいいのですが、それぞれがキャラが立っておらず区別しづらい。

ヒーロー君がボスを盲信する理由も全く描かれていないし全てが中途半端。

おまけに、本作でいただけないのが、本作は微妙に前作の続きとなっており、前作の内容を覚えていないとしっくりこない部分があるところです。前作の続き要素は程々にしないとこの手の長いシリーズは読みづらいんですよ。

かと言って前作をわざわざ読み返したくなるほどの引力はこの作品には、なし。

結末も、ラスボスが捕まった、ただそれだけ。余韻、のりしろ等も何もなく、考えさせるようなものもなし。

 

唯一良かった点としては、引き続き主人公である鮫島が人間的な成長を見せているところです。部下の矢崎、同僚の藪、そして上司の阿坂に対して見せる気遣いなどは、シリーズ序盤では見られなかったものです。

 

今作は成長著しい鮫島が出会ったつまらないエピソード、インタールードと捉えます。きっと次作は、事件、ひいては作品自体の成熟具合を見せてくれるはずです。