限界まで

座右の銘

 

私には座右の銘というものがありません。

好きな言葉だったらいろいろありますが、こと座右の銘となると、固定の言葉がないのです。

 

翻って、私は病的にこだわりが強い人間です。自覚があります。

そこで、そのこだわりの強さを座右の銘としてそのまま言葉にしてみました。

 

「限界まで」。

 

そうです。

私は「限界まで」行かないと気が済まないのです。

趣味の音楽制作で徹夜するなんていうことはザラです。

人間関係においては(自分のことは棚に上げて)他人の中途半端な姿勢を許せないことから限界まで人と関わらないようにしています。

 

この「限界まで」という嗜好は自分でも怖くなるほどで、いつも心のどこかにリミッターをかけています。

その例を端的に示すのが職場です。

元来他人を許せない自分が職場の同僚を許せるはずがありません。

ですが、当然ここで限界まで他人を許さず拒絶していたら、おそらく私は明日からホームレスになります。

(ついでに言うとマンションの大家さんも私は許すことができません。)

 

ではなぜ、ホームレスになることなく仕事を継続し人並みの暮らしができているか。

それは、限界まで他人を許しているからです。

これは別に私が聖母マリアのように慈悲深い心で人と接している、という厚かましい自慢ではありません。己の矮小な限界値を超えるところまで許しているという、あくまで当社比の話です。

 

疲れるはずです。

しかしながらその疲れにまだ限界は感じていません。

私が限界を迎えるとき。

おそらく命の保証はありません。

ですが、そこで見える景色を無性に見たがっている、いえ、見なければならないと限界まで追い詰めようとする自分がいるのです。