いじらしい執着

私にはどうにも好きになれない言葉がいくつか、いえ、たくさんありますが、今日はその中の一つ「執着」について少し書きます。

 

執着。

 

辞書的な意味、定義には様々なものがあるかと思いますのでそこは置いておきましょう。

ですがおそらくそれは、主に悪い意味で用いられ、物事に固執しとらわれること、というのが現代社会での意味合いと言っても過言ではないでしょう。

 

その固執が目に見える成功につながれば、努力。

何の実も結ばず足踏み状態ならば、執着。

 

ちゃんちゃらおかしいです。

 

人はそもそも何かにとらわれています。

何かにこだわっていることがほとんどです。

 

他人に迷惑をかけるか否かで努力か執着かわかれる。

 

それもそうでしょう。

 

ですがやはりおかしいのです。

 

人はそもそも他人に迷惑をかけています。

努力家、成功者とて人に迷惑をかけている。

案外そのことに鈍感な、いえ自覚的ながらも無視して突っ走った人が成功者になっているだけかもしれません。

逆に、前に進めず足踏みしている人。心のどこかで他人のことを慮って、でも何かをあきらめきれず悪戦苦闘している。そんな場合もあります。

 

そう考えると、執着しているとされ、足踏みしている人。

そんな人がなんだかたまらなくいじらしく思えてくる、そんな気がするのです。