過程であり結果であり

だいぶ前の話ですが、昨年から今年にかけての年末年始。

だいぶ長い連休でした。

私は海外旅行をしようかと考えていて、実際航空券の販売状況を調べたり、費用も確保していました。

ですが、迷った挙句旅行は取りやめました。

理由は、やはり曲作りをしたかった、そしてしなければならなかったからということになります。

 

仕事に追われる日々。

 

曲作りをしなければならないとわかっているのにその忙しさを免罪符として無為に時間を過ごす自分がいました。

 

今更ですが、仕事が重要であることは言うまでもありません。

ですが、はっきり言いますが私は自分のやりたいことをやるためにしょうがなく働いています。

その前提があるのに、仕事が忙しいから曲作りをしない、できない。

これは私にとっては本末転倒です。

 

というわけで、年末年始、私は曲作りに集中しました。

作りかけの曲を含め2曲完成させるということが目標でしたが、結果できたのは1曲だけ。反省するところですが、1曲できたのはよしとしましょう。

 

さて、ようやく今日の本題です。

曲もほぼほぼできた連休最終日。

曲の仕上げにはパソコンを使用します。

その時。

パソコンのディスプレイに謎の縦線が入りました。

 

再起動、不要なデータの削除等、考えられることは試しましたが治りません。

ですが、映りに難があり当然作業に支障はあるものの、処理自体に問題はありません。

どうにか1曲の完成に至り公開にこぎつけました。

 

焦りました。

そして泣きたくなりました。

つらい仕事をこなし、ようやく手に入れた自由時間。

この自由時間で完成、そして公開させなければ意味がありません。

 

ですが、その焦りのさなかに思ったのです。

なぜこんな時に限ってパソコンが壊れるんだと私は嘆きましたが、パソコンはタイミングを見計らって壊れたわけではなく、時間の経過とともにいつ壊れてもおかしくないものです。

それに目をつぶり、私は大家を気取り必死にならず理由をつけてだらだらと曲を作っていた。そこで無駄に時間が経過し、結果、パソコンが壊れたのが年末年始だったにすぎません。

 

日々の仕事やその他の困難は、目的にたどり着くための過程であり、そして、それ自体が己の姿を映し出したもの、いわば結果なのです。

 

今回、一番必要な時にパソコンが壊れてしまったことは運が悪かったわけではなく、日頃の怠惰な私の姿が反映された、ありのままの結果なのです。