先日、とある土曜日。
近所のベローチェでコーヒーを飲んでくつろいでいたときです。
背後から突然、私の名前をさん付けで呼ぶ女性の声がしました。
誰だろうと思って振り返ると、職場の後輩の女性、Oさんでした。
Oさんとはご近所だという認識はお互いにあって、ごくまれにスーパーで会ったりすることはあるものの、「見かけてもお互い知らんぷりしていましょうね」とカジュアルに話しています。これは、髪の毛がぼさぼさだったり、服装や化粧などに気を遣わず近所を歩いているときに姿を見られたら恥ずかしいから、という理由です。
※もちろん間近で目と目があったら微笑んで会釈はしています。
聞くと、窓際に座っていた私の姿が見えて思わず来てしまった、とのことでした。
Oさんは彼女の子どもと一緒でした。
そのとき私は「やばい」と思いました。
何がやばいのか。
そうです。
コミュニケーションが苦手な私にとって、子どもと楽しく話すということはなおのこと苦手なのです。
ですが、これは後編の記事でも書こうと思うのですが、私は下手でもコミュニケーションを放棄はしたくないのです。つまり、下手なら下手なりに何か言葉を発するなり、会釈するなどのボディーランゲージぐらいは発信したいのです。
今回も私なりに頑張りました。
これは本心ですが、Oさんとその子どもがかなり似ていたので「そっくり!」と私は言いました。これは私にすれば相当頑張っています。
それに対してOさんも、今思えばとぼけたセリフですが「え?誰にですか?」とか答えていたような気がします。
そして私は言葉を重ねるチャレンジをします。子どもに向かって「ごはん食べた?」と聞いてみました。そのセリフのチョイスはあまりよくなかったかもしれませんが当社比ではなかなかのものです。
そして、そこで私の言葉は尽きました。
私はそこであと一言ひねり出そうとしたのですが、どうあがいてもその子どもに対して「お世話になっております」しか出そうになかったのです。むしろ軽く言いかけました。
微妙な間が流れます。
そのとき、その子どもは言いました。
「5歳!」
そうです。
そういうときはまず年齢を聞くべきだったのです。
その子なりに今まで幾度となく知らない大人にあったときに年齢を尋ねられ、3歳!、4歳!、と答えてきたはずです。そしてその子は5歳のこの秋、コミュニケーションが下手な男に会い、自ら年齢を教えるというおそらく初の経験をしたのです。
今回のようなことは、本やネットでは実感を持って学ぶことはできません。
そういう意味では、下手なら下手なりにコミュニケーションを放棄せずコミットしてみる、という私の姿勢は間違っていなかった、そう思った経験でした。
そして、それを教えてくれたのは、わざわざあいさつに来てくれたOさんと、年齢を教えてくれた男の子だったのです。