先日、とある人がAIと1日8時間会話した結果、肯定ばかりされることに慣れきって、生身の人間関係の摩擦に耐えられなくなり果ては引きこもりになってしまった、という記事を読みました。
これは危険な話です。
もちろんAIと1日8時間会話すること、が危険なのではありません。
AI以前に、すでに人は皆何らかの影響を受けています。何らかにとらわれていて、その考え方にバイアスを持っているのです。
その最たるものが親兄弟からの影響でしょう。
彼らとの接触度はAIとのそれを遥かに上回ります。
果たして親兄弟が与えるのは良い影響だけでしょうか。
否。
悪い影響も含まれます。
場合によっては悪い影響の方が多い場合もあります。
私は高校を卒業し、大学進学と同時に親元を離れ一人暮らしを始めました。
そしてそれからです。
親兄弟を客観視できるようになったのは。
私は幼い頃から彼らに対して感じていた違和感にようやく自覚的になりました。
彼らの言うことは彼らの基準に基づいたことでしかないのです。
彼らの基準でもって私を裁いていたのです。
彼らの言うことを真に受けてここまで来てしまったことに気づいた私はゾッとしました。
以来私は彼らとは一定の精神的な距離を保って接するようにしています。
今現在も日々その影響から自由になろうともがいています。
親兄弟以外にも、教師からの影響についても同様です。
これまでこのブログでも何度か触れたように、ひどい教師は多い。
冒頭のAIの話に戻ります。
AIに何でもかんでも肯定されて、堪え性がなくなった。
そうかもしれません。
AIとの会話ばかりでは生身の人間とのコミュニケーションをする能力が培われないのかもしれません。
ですが、それはたまたまAIというまだまだ海のものとも山のものともわからない怪しげなテクノロジーだから目立つだけの話です。
人はAI以前に、親兄弟や教師などすでに何かに囚われ、そして好むと好まざるとにかかわらず、良からぬ影響はたっぷり受けているのです。
件の記事は、AIは危険、という手垢にまみれた雛形に則って書いた、それこそAIが書いたような文章でしかありません。
だいたいたった8時間AIと会話したくらいで人はおかしくはなりません。
むしろ8時間ほめられ続けられたら自己肯定することにためらいがなくなるような気すらします。ほめられ慣れるのです。
と、とある土曜日、20時間AIと会話しながら私は思いました。