「元彼の遺言状」 新川 帆立

~「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」――奇妙な遺言状をめぐる遺産相続ミステリー!~

 

このミステリーがすごい!の大賞受賞作品です。作家のデビュー作とのこと。読後に知ったのですが、ドラマ化もされていたんですね。

私は、デビュー作とはどうしても粗が目立つものと思っているので、神経質な私は何かしら引っかかりを覚えるであろうことを覚悟しながら読み始めました。

 

その結果は全く予想を違えるものではありませんでした。あまり期待していなかった分だけ前回酷評した「未明の砦」よりはまし、といったところです。

 

そして結局はいつものとおり気になった箇所を列挙していくスタイルにならざるを得ません。

 

 

 

①主人公である弁護士、麗子がクライアントからの無理筋のオファーを受けることを決断して。

「諦めに近い全能感が自分の中にみなぎってきた」

→「諦めに近い全能感」ってなんですか?

意味をなしていません。雰囲気で書くんじゃないよ!「勝ち目のないゲームほど燃えるタイプの私はなんだか力がみなぎってきた」などが妥当。

 

②「元彼の遺言状」に基づき、麗子からの提案書を企業の役員にプレゼンする場面で。

「資料を取り出して配った。役員の目の色が変わるのを感じた。」

→目の色が変わるのが早すぎるよ!「最初は面倒そうに見ていた役員たちだか、提案書を1枚、2枚とめくるごとに目の色が変わるのを感じた」とかでしょうが!細部をしっかり描きなさいよ!

 

③案件の競合他社の弁護士が麗子が勤めている弁護士事務所だったと知って。

「古巣の名前が出てきた」

→別にその弁護士事務所を麗子は正式に退職したわけでもないのに「古巣」って言っちゃうんだ!

 

④元彼のかつての彼女である雪乃の家に麗子がお邪魔した際に、雪乃が深刻そうな顔をしているのを目撃して。

「なんだか見てはいけないものを見たような気がして、こっそり自室に引き返そうとした」

→人の家なのに「自室」はないでしょうが!「元いた部屋に引き返そうとした」とかが妥当だよ!

 

⑤物語のキーとなる遺言状が収められた金庫が盗まれ、それを捜索する場面で。

「東京科学大学の木下教授が、よく分からないけど、高性能のレーダーみたいなものを使って見つけてくれた」

→物語のキーとなる物証の発見にしては安直すぎるよ!「東京科学大学」?「よく分からないけど」?「レーダーみたいなもの」?すべて適当すぎるよ!これを手を抜いていないという方が難しいよ!木下教授って誰だよ!犯人も近場の川なんかに物証を捨てるんじゃないよ!

 

⑥レーダーで見つけた金庫を川底から引き上げる場面で。

「ものの十分足らずの出来事であった」

→金庫の発見から引き上げまですべてが安直、コンビニエンスだよ!説得力なし。いくら何でももう少し細部を描きなさいよ!

 

⑦今にも犯人が到着せんとして危険が迫る紗英のマンションに麗子が先回りして警察を呼んだ場面で警察が麗子に対して一言。

「一体なんなんですか。これで何もなかったら公務執行妨害ですよ」

→そんなはずなし。市民が危険を予期して警察を呼んで何が悪いのですか?本当に警察がこんなだったら困っていても110番できないよ!

 

⑧結局犯人は獣医の堂上だったことがわかって。

「堂上は動物用の治療漢方薬として所持していた附子をタバコに塗り付けることで、村山を殺害したという」

→「したという」、じゃないよ!どう考えても動物用の治療漢方薬を使った殺人だったら獣医が一番怪しいよ!もっと言うと獣医は自らが疑われるそんな薬品を犯行に用いるはずがないよ!

 

 

以上、これで半分くらいですかね。

また、全編を通して金庫に収められた遺言状を探すくだりが長いのですが、物語序盤にその全文のコピーが読者に開示されているのでなぜそんなに躍起になるのか、読者が置いてきぼり。※実際は遺言状以外の物が金庫に入っており、それを物語に登場させるためなのですが、大した驚きをもたらすものではありませんでした。

 

結論としては、「元彼の遺言状」というポップなプロットを思いついて「しめた!」と思ったはいいものの、その物語、細部を描くことのできない作家のつまらないデビュー作ということになります。