「存在のすべてを」 塩田 武士

~平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる。質感なき時代に「実」を見つめる者たち──圧巻の結末に心打たれる、『罪の声』に並び立つ新たなる代表作。~

 

何作か映画化もされている人気作家の最新作です。

ネタバレも含みます。

 

 

私は作家の作品は、代表作の「罪の声」をはじめ何作か読みましたが、その評価としては、まあまあおもしろいが、まあまあを突き抜けるプラスαはなく、読む本がなければ読む、というものです。

 

本書は発売当初から評判も良く視野にも入っていたのですが、私はなかなか手に取ることができませんでした。

それにはわけがあります。

 

そうです。

 

過去の未解決事件を紐解きながら隠された真実に迫る人間ドラマ、という構図が代表作の「罪の声」に似ている、いえ、ほとんど同じだということです。

「罪の声」は、実際に新聞記者だったという作家のバックボーンを活かした力作です。

ですが、それから時を置かずして類似の設定。

この設定である程度の質の作品が生まれることはおそらく作家のファン、読者ならわかっていたはずです。そこが私は、いわゆる「置きにきた」と感じてしまったのです。

 

そして内容です。

過去を取材することで見えてくる真実に、取材者が戸惑い、翻弄される構造は「罪の声」と確かに似ています。いえ、同じと言っていいでしょう。

違っていたのは、主人公の亮のほのかな恋愛などが描かれており、物語が立体的になっていた、というところです。

単なる甘ったるい恋愛ものが苦手な私ですが、この恋愛パートは音楽が絡んでいたりして楽しく読めました。

思えば、作家の「雪の香り」という作品も本作同様過去の事件を紐解きながら織りなされる恋愛ものだったのですが、同作もまあまあ楽しんで読めました。

 

本作は、主人公の新聞記者門田(もんでん)、ヒロインと言っていいでしょう里穂、そして我々読者はエンディングでソフトランディングし救われますが、同じく主人公の亮は、実は最初から最後まで何ら変わらず絵を書き続け、息抜きに思い出の曲をピアノで弾き、また絵を描くという暮らしをずっとしています。

そして、里穂たちがたどり着いたのを「遅かったね」と言わんばかりに達観して出迎えますが、本作には妙などんでん返しは合わないような気もするのでそれでよかったのかもしれません。

やはり、まあまあ、ごく普通、といったところです。惹句にあるような「圧巻の結末」ではありません。

 

最後に、ほかの方のレビューを読んで一つ意見したいことがあります。

 

伏線回収がなされなかったエピソードとして、亮と同じく誘拐事件の被害者となった立花少年が、自身を誘拐した犯罪者集団に加担したらしき記述があります。

 

これは、私はきちんと意味があると思っています。

 

要するに、同じ誘拐被害者でも、立花は犯罪者になり、亮は結果的に貴彦、優美という美しい心を持った夫婦に養育され、美しい心を持った青年に成長しました。これは、貴彦、優美の美しい心を浮き彫りにさせるための対比ではないでしょうか。

 

 

近い将来、私は作家の次作を手に取るのでしょうか。