~古豪・明誠学院大学陸上競技部。
箱根駅伝で連覇したこともある名門の名も、今は昔。
本選出場を2年連続で逃したチーム、そして卒業を控えた主将・青葉隼斗にとって、10月の予選会が箱根へのラストチャンスだ。故障を克服し、渾身の走りを見せる隼斗に襲い掛かるのは、「箱根の魔物」……。
隼斗は、明誠学院大学は、箱根路を走ることが出来るのか?~
以前、前作の「ハヤブサ消防団」の感想も書きました、人気作家の最新作です。
ネタバレがあります。
私にとって池井戸潤はここ数年の間、一、二を争う好きな作家です。
ですが、ハヤブサ〜に続く今作、前作同様全くおもしろくありませんでした。
強いて言えば、池井戸潤であるがゆえにハードルが上がりすぎていたというのはあるかもしれません。
タイトルが示すとおり、箱根駅伝を舞台とした本作。
駅伝ではありませんが、作家には陸上を舞台とした「陸王」という作品がありそちらは文句なく楽しめました。
それが故に今作も、陸王に似た感じにはなるだろうけれども確実に及第点は取るであろうと安心して読み始めました。
ところが本作。
光るものなし。
箱根駅伝が舞台ということで、各大学、そしてそれを中継するテレビ局員と登場人物が必然的に多くなりますがそのキャラも立っていないし誰にも共感できず。
本作はいつかは映像化されるのでしょうが、それが前提なのか、そして作家がお金に目が眩んで意識が散漫になったのか、そのくらい見るべきもののない作品でした。
本作は、読む前からパッとしない陸上部を、主人公と言っていいでしょう明誠学院大学陸上部新監督の甲斐がその独自の視点、手法で高みに引き上げるストーリーであろうことは、作家のファンならおそらくほとんどの人が想像したことだと思います。
そして実際そういう話でした。
ですがその甲斐の視点、手法は、周りの目を気にしない、選手に深く寄り添う、ぐらいのごく普通のもの。そこにわずか数カ月で箱根駅伝本番でミラクルを起こすだけの説得力は全くありません。
そして本作は、箱根駅伝の予選で敗退した大学からタイム順で選ばれた選手で構成される「学生連合」が周囲の無関心に反して2位相当まで喰い込むというあらすじですが、
ストーリーの常道として、学生連合チームはその生成過程において学生連合というチームのあり方についての温度差の違いから不和が生じます。熱く取り組む派とそうではない派。
ここがそもそも納得できません。
自らが所属する大学が予選で負けた、さらには学生連合の記録はあくまで参考記録であり、非公式なものであるが故に急造チームである学生連合に愛着が持てないところまでは理解できます。
ですが、オープン参加とは言えあの箱根駅伝です。
それこそいい走りをすれば実業団から誘いがあるかもしれません。つまり、チームに愛着がなくてもそれなりに力を尽くすのが普通ではないでしょうか。
それは決して、箱根駅伝に出られなかったチームメイトのためにも!ということではなく自分のためなのです。
つまり、今作は作中の基本軸となる対立構造に説得力がないのです。
そんな設定の下で読者を惹きつけるとしたら新監督の甲斐がもたらすミラクルしかないのですが、前述のとおり甲斐はスマートなだけのサラリーマン。急造チームを箱根駅伝の2位相当まで導く説得力はやはり今作にはなし。
おまけに甲斐は勤務する企業の1年間の社会貢献休暇のようなものを利用して明誠学院大学の監督に就任しましたが、OBから反発があったとおり、1年でダメなら会社に戻ろうという姿勢にしか見えず全く魅力的に映りません。
甲斐は監督を引き受ける際に前監督の諸矢に1年で結果が出ないようであればクビにしてくれというようなことを言いますが、それは自らの退路を断つというよりはやはり保険をかけていたようにしか思えず設定として説得力がないのです。
本作は、隼人たちランナーとその戦い、そしてそれを伝える徳重達テレビマンの中継にまつわるドラマの2点が物語の軸ですが、前者は登場人物の多さから散漫、後者は実況アナの辛島がやたら有能すぎたり、敵役のポンコツ上司やお笑い芸人がにぎやかすだけ、といいところが全くありません。
このブログでは、ひどい本に出会ったときはどこがひどかったか箇条書きで列挙していくスタイルを取りますが、よもや作家の作品について2作続けてそうする日が来るとは思いもしませんでした。
では列挙してみます。
1.監督を勇退した諸矢を隼人が訪ねる場面で
「諸矢への見舞いに」
→実は諸矢が先が長くないというのは予想がつくけど最後まで伏せておくほどの驚きはないよ!その事実を不自然に隠しているから会話が上滑りだよ!
2.
甲斐が現役のとき、明誠学院大学陸上部が優勝候補と言われながら3位に終わったレース後の諸矢。
「俺(諸矢監督)は部員たちに怒鳴り散らした。だが甲斐は平然としていてな。~レースの状況について分析してみせたんだ。」
→その分析内容をここで書きなさいよ!それを書かないと甲斐のすごさは伝わらないし、単なるシニカルな若造にしか映らないよ!
3.甲斐がチームを鼓舞する場面で。
「陸上競技の世界には、嘘がない。タイムの短縮を追求し~中略~ここにこそ疑う余地のない真実があるはずだ」
→言いすぎだよ!タイムを短縮したいという気持ちに嘘はないだろうけど、だからと言って疑う余地のない真実なんかそう簡単に見つからないよ!それだったら、今自分がやっている仕事を意地悪な上司なんかに負けず死に物狂いでやってみなさいよ!
4.昨年、有力校である関東大がメンバーに一、二年生を入れたことがあだとなり敗れ去ったことを甲斐が分析して。
「一年生や二年生を入れて結果的にそれが敗因になった。おそらく箱根を経験させてやろうとしたんだろうが、その親心が裏目に出た」
→それは親心とは言わないよ!親心というのは「負けてもいいから経験させる」というスタンスのことを言うんだよ!想定外に結果が伴わなかったのであればそれは単なる慢心!采配ミス!
5.学生連合の大地が激走して区間トップの記録をたたき出して。
「この記録は幻に終わる。オープン参加の関東学生連合チームは正式な記録がつかないからだ。記録は幻でも、三位相当の走りは現実以外の何物でもない。」最後の一文の前に、「だが」とかなんとか接続詞を入れなさいよ!
6.学生連合の星也が走行中腹痛に襲われて。
「急な腹痛を覚えて簡易トイレに駆け込んだ星也は、そこからしばらく出られなかった」
→本作一のピンチだよ!
しばらくトイレから出られなくてなおかつその後脱水症状を抱えながら走ったランナーのいるチームが箱根駅伝で2位になっちゃうんだ!
7.
「神奈川大の垣原賢人(かきはらけんと)」
Uインターのカッキーこと垣原賢人(かきはらまさひと)みたいで世界に入り込めないよ!これは私の身勝手な感想だよ!
8.テレビ局の他部署の黒石が学生連合を酷評して。
「みんな学生連合が見たいわけじゃないんだから。」
ここまで本作で描かれてきたように不思議な縁で結びついたランナーがミラクルを起こすんだったらそれはそれで見てみたいよ!
9.
学生連合の浩太の脚のけがを甲斐が見抜いて
「調子のいい時の音じゃない」
→騒々しい箱根駅伝の中で伴走している車の中からランナーの足音の違いを聞き取るのは無理があるよ!
10.
箱根駅伝の番組に出演するプランもあったタレントの畑山が中継基地で一言。
「この坂、ホンマにきつそうですねえ」
→きつそうですねえじゃないよ!いつまで部外者が大事な箱根駅伝の中継基地で油を売ってるんだよ!ありえないよ!
11.
曇り空の裂け目から日差しが降り注いで。
「輝ける天然のオベリスクのように」
→オベリスク?四角柱の記念碑のことのようですがそんなに知名度のある言葉ですか?皆さんわかりましたか?
12.学生連合の浩太が走行中に弱気になってるのを見て甲斐が一言。
「空を見てみろ」
それを目にしたしたとたん、浩太ははっと我に返った。
→空を見て冷静さを取り戻せるなら苦労しないよ!
13.同じく浩太が給水ポイントでチームメイトからドリンクを受け取る場面で。
「浩太は、差し出されたボトルからブルーのテープを巻いたボトルのスポーツドリンクをとって」
→?状況不明。何本かボトルを差し出された中から浩太が選んだのが、今のコンディションに合いそうな成分のドリンクが入ったブルーのボトルなの?細部をしっかり描きなさいよ!
14.学生連合が順位を上げて、目標の3位が見えてきてお笑いの畑山が一言。
「学生連合が3位?あり得ませんて」
→学生連合が寄せ集めだという性質をよく知ってるよ!案外箱根駅伝中継に向いてるんじゃないんですか?
15.
アンカーの隼人が給水ポイントで、仲違いしていたチームメイトの友介から給水ボトルを受け取る場面で友介が一言。
「俺のために戦ってくれてありがとう」
→ひどすぎ。誰もそんなことは言っていません。そんなとんちんかんだからチームメイトともめるんだよ!そもそも友介を改心させた具体的な甲斐のマジックを描きなさいよ!かなり重要な要素だよ!タイトルにも関わってくることだよ!
16.
中継基地で徳重が、伴走車からランナーに声をかける甲斐の言葉を思い出して。
「ここから先の目標は、ベンガラのユニフォームだぞ」
→9.と同じで騒々しい箱根駅伝の舞台でそんな具体的なアドバイスが聴こえるとは思えないよ!聴こえるんですか?
17.
翌年に向けて明誠学院大学もメンバーが変わって。
「甲斐のスカウティングで有望な新入生も獲得し」
→10月に就任した甲斐のわずか数カ月の怒涛の期間にいつそんな暇があったんだよ!
件の箱根駅伝で甲斐の手腕が評判になったとしてもそのころなら有望な新人の進路は決まっているし、やはり首尾一貫して甲斐の有能さをきちんと描いていないよ!
18.タイトル「俺たちの箱根駅伝」
→とにかくださいよ!一応隼人と友介の会話でその意図らしきものは描かれていたけどそれでもなおださいよ!
でもよくよく考えたら作家の代表作の「半沢直樹」も原題は「オレたちバブル入行組」で同じくださいから、作家にタイトルのセンスがないことはいつもどおりだよ!
明らかに「半沢直樹」というタイトルの方がいいし、同じく「不祥事」がドラマ化された際はタイトルが「花咲舞が黙ってない」に変わったように、テレビドラマのセンスに原作が負けてるよ!
以上、これで気になったところの半分ほどです。
一介の読者にこんなことを言われたくないでしょうが、作家の力はこんなものなのでしょうか。
2作続けてつまらないと、もう特別扱いはできません。