「天路の旅人」 沢木 耕太郎

~第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。
敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。
その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。
著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。~

 

 

深夜特急でお馴染みの作家の最新作ノンフィクションです。

 

長い作品でした。

そして評価が難しい作品でした。

 

ものすごく乱暴に言うと、深夜特急と同じような作品です。

私がこの作品に期待したのは、深夜特急にはない「密偵」の要素です。

 

確かに本作は、主人公の西川がアジア各地を徒歩で巡る過程を丹念に描いていき、その様は生き生きとして美しさすら感じさせます。

 

しかしその要素は、私は深夜特急で読んでしまっています。

 

密偵をベースにした旅を描写していたら、本作はもっと立体的に描けたのではないかと思います。

しかしながら、作中でも描かれますがどうもこの西川の件の「密偵」という任務は、実情は形ばかりの任務のようなのです。それは西川本人のみならず、命令者たる大日本帝国ですらなんちゃって委嘱を行っていたようで、別に成果を期待していたものではない、というのが本作における密偵の実情です。

ところどころに密偵の要素は描かれるのですが、それは申し訳程度で、国も、西川本人も形ばかりの報告のやり取りをしていたようにうかがえます。

 

 

そして私が本作に期待していたもう一つの要素。

 

それは帰国後の生活です。

10年近く異国を徒歩で苦難に満ちた旅を続け、その帰国後のんきな日本の生活を送る。

そのギャップはいかなるものかとても興味があります。

しかしながら、本人の嗜好もあり淡々とした日常を送ったことが徹頭徹尾描かれているのみ。

 

物足りなさを感じます。

 

また、順番は前後しますが、アジアを巡る旅の道中で、西川、そして蒙古の人々は野生動物の糞を燃料として煮炊きをします。文化を差別する気は毛頭ありませんが、現代に生きる私にとってその描写はちょっと苦手です。

 

あと、旅が好きな私が本作にのめりこめなかった理由は「カタカナ」です。

私はカタカナで描かれたものを頭の中でイメージを結ぶことができないのです。

例えば「ジョージ」と表現されてものっぺらぼうの棒人間しか想像できません。

裏を返せば「譲二」と表現されれば、頑固者の男が想像できます。

 

まだ見ぬ彼の地への憧憬、それがカタカナの地名であるが故、いまひとつ頭の中で魅力的に像を結ぶことができませんでした。

 

ですがこれは多分に私の側に問題があることです。

 

筆者のファンは読んでおいて損はない作品だと思います。